稲本昌之について

学生時代

幼少期は、小学三年生の時に校舎の手すりで滑って遊んでいて三階から二階に落ち、校長室でこっぴどく叱られる。小学四年生で鬼ごっこで逃げていて車にはねられて、これまたこっぴどく叱られる。など、問題は起こすが健康優良児。

中学の部活で軟式テニス部に入る。コート一面に対して部員は100人近く、球拾いやランニングの日々だったが、部活はそんなもんだと思っていたので友達と楽しく過ごす。

高校で硬式テニスを始める。香川県一の進学校に合格し、一流大学を目指すはずが、シングルスがある硬式テニスにハマってしまい落ちこぼれに。

大学在学中、JOP大会にチャレンジしながら、江坂テニスセンターにて、アルバイトでテニスコーチを開始。

大学卒業後

大学卒業後は、アルバイトをしていた江坂テニスセンターにて職業コーチとして働き始める。引き続きJOP大会に出場し、日本ランキングを上げるために練習と仕事の日々を送っていたが、仕事量が多いためテニスのパフォーマンスを上げられず、悶々とした日々をおくる。

そして留学

26歳の時に一念発起、貯金を全て使って、スペイン、バルセロナへテニス留学。留学先のサンチェス・カサルアカデミーでは、当時高校生だったアン ディ・マレー(2012年USオープン・2013年ウィンブルドンチャンピオン、世界ランク最高位2位)やスベトラーナ・クズネツォワ(2004年US オープン・2009フレンチオープンチャンピオン、世界ランク最高位2位)など将来のトップ選手がたくさん練習しており、その中で揉まれて練習すること で、理想の練習システムや理想の練習環境などたくさんの収穫を得る。

ASCにて2013-08-1

日々、マレーやクズネツォワと同じ内容の練習をし、朝から晩までテニス漬けの1年3ヶ月を送る。留学中は語学に苦しみ、思いが伝えられないストレス からコーチと喧嘩をしたこともある。ちなみに高校までの英語の成績はそれほど悪くはなかった。その時の経験から、語学学習に興味を持ち始める。なぜ日本人 は英語をあんなに勉強しているのに話せないのか?

留学から帰国

1年3カ月の留学を終えた後、江坂テニスセンターに戻りコーチ業に邁進。

2013年より江坂テニスセンターに、一貫指導のジュニアテニスアカデミーを立ち上げるプロジェクト開始。

プレイ+ステイを取り入れ、プレイ+ステイ大会・各カテゴリーの大会・3セットマッチの練習会・1日練習会・テニスキャンプなど、指導・イベントを充実させる。

指導していたジュニアは、全国準優勝をはじめ、関西・大阪で数々のタイトルを獲得。マネイジメントしていたアカデミーも、U12男女・U14男女・U16女の各カテゴリーで大阪トップ5に数名を揃えるまでに成長。

2016年7月、江坂テニスセンターでのジュニアアカデミーの立ち上げがひと段落したことにより、次なる道への挑戦を決意。8月より12週間かけてアジア・ヨーロッパ・アメリカのテニス環境を視察しながら世界一周。
たくさんのジュニア選手に世界を感じてもらいたいというミッションを掲げて起業。日本・ヨーロッパ・アメリカを股にかけて活動予定!!

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