木曜日は本の紹介!


こんにちは!

今日は丸一日雨でした。。。

レッスンはすべてインドアでできたけど、

早く梅雨明けしてほしいなぁ。。。

さて今日紹介する本はこちら!

下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉 (講談社文庫)/内田 樹
¥550
Amazon.co.jp

でました、おなじみの内田樹さんの本です。

内田さんの本の好きなところは、『学ぶ』ということに対する洞察の深さと鋭さです。

興味深かった所を、要約&引用します。

(教育の現場で)「先生これはなんの役に立つんですか?」という質問がある。

そのような問いかけに対して教師は答えることができない。できるはずがない。

そんな問いが子どもの側から出てくるはずがない、というのが教育制度の前提だからです。


教育の逆説は、教育から受益する人間は、自分がどのような利益を得ているのかを、

教育がある程度進行するまで、場合によっては教育課程が終了するまで、

言うことができないとうことにあります。


教室は不快と教育サービスとの等価交換の場となるわけです。

例えば、50分間授業を聴くという不快の対価として、そこで差し出される教育サービスが、

質・量ともに「見合わない」と判断すれば、「値切り」を行うことになります。

仮に、その授業の価値が「10分間の集中」と等価であると判断されると、50分の授業のうち

10分間だけは教師に対して視線を向け、授業内容をノートに書く。そして、残りの40分間の「不快」は

この教育サービスに対する対価としては「支払うべきではない」ものですから、

その時間は、隣の生徒と私語をしたり、マンガを読んだり、消費者である子どもにとって

「不快でない」と見なされる行為に充当される。


受験生とその親達はビジネスの用語で教育を語ることを当然のこととしています。

彼らの考えでは、大学は教育サービスの売り手であり、受験生とその保護者は買い手である。

「これだけの授業料を払ったのだから、それと等価の教育サービスを提供するように」という

語法で彼らは学校に要求を言ってくる。

でも、これはすでにこの段階で、「教育の自殺」だと私は思います。


まだまだ書ききれないほどあります。

前後の文脈も合わせて読むと、内田ワールドに飲み込まれ、

教育とは何か?働くとは何か?という現代人だ見失っている前提について

思い直し、再確認することができます。

ぱらっとめくったどのページでも深く読み込んでいける本です。

内田さんにしては、文章が難解でないので、僕にも読めました、笑。

トイレにおいて、毎日目を通したい一冊です。

ぜひどうぞ!


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